ごほうびについて考える

結果に対して報酬が上がったり下がったりするのは資本主義の基本です。

好成績を残して高い報酬を得るために頑張る。

その努力が個人だけでなく、日本の発展に寄与しています。

 

しかしながら、子どもの教育についてはこの考え方が悪であるかのような風潮があります。

「今度のテスト頑張ったらごほうび買って!」

このようなことを子どもが親に言ってくることはよくあることです。

私の子どもも言ってくることがあります。

私はいつも突っぱねていました。

理由はいつもこうでした。

「勉強はごほうびのためにするもんじゃない。」

 

働いている我々大人は、お金では満たされない「やり甲斐」というものも感じながら仕事をしていますが、高い給料やボーナスを手に入れるために努力をしているのも事実です。

先日知り合いの方からこのような話を聞きました。

「近々会社で試験があって、久しぶりにすごく勉強をしている。

土日も図書館で勉強している。

この試験に合格できないと昇進に関わってしまって、今後の給料にも差が出るから頑張らないと。」

 

これは子どもの「今度のテスト頑張ったらごほうび買って!」とは何か違いがあるのでしょうか。

どちらも報酬のためです。

大人の頑張りは家族を経済的に守るためであって、子どもが求めているごほうびとは違うかもしれませんが、報酬のために勉強を頑張るということには変わりがありません。

子どもたちが勉強に意欲的に向かうために、ごほうびを上手く活用することはできないか。

最近すごくそう感じます。

 

①子どもと大人の経験値は大きく違う

受験や入社試験、各種検定などを受けてきた我々大人は、勉強が自分自身のためになることが実体験を通してわかっています。

辛い思いをしたことがある場合はなおさらです。

しかし、そのような経験の無い子どもに「将来のために」や「やっていないと後悔する」などと伝えても、自分事と感じられずに、それが刺さらない子どもも多くいると感じています。

 

②子どもは大人ほど自分を律する力が成熟していない

人生経験豊富な我々大人は、たくさんの成功も失敗もしてきました。

私自身も自分のせいで周りの人に大きな迷惑をかけてしまい、猛省したことが何度もありますし、逆に「あなたのおかげです。ありがとう。」と感謝をしてもらって、飛び跳ねるほどうれしい思いをしたこともあります。

そういった経験から「今はこうするほうがいい。」と自分自身にアクセルやブレーキをかける力を培ってきています。

また、守るべき大切な人がいる場合はなおさら自分を強く律することができます。

しかし、子どもはどうでしょうか。

目先の欲求に流されてしまうことが多いはずです。

それが子どもだと思いますし、かわいいところだと思います。

勉強しないといけないことはわかっているけど、なかなかできない。

それが子どもなのではないでしょうか。

経験値のまだまだ低い子どもたちに経験値の高い大人が同じ価値観で説いても、それは難しいのではないでしょうか。

 

③最後の最後まで勉強しなくても本当にいいのか

ごほうびのために勉強をするということに違和感がある人が多くいると思います。

私もそうです。

でも、「自分のためにするものだから、ごほうびなんかでモチベーションをあげるな」という崇高な思いにこだわった結果、いつまでも子どもが勉強に本腰を入れない場合はどうでしょうか。

心配にならないでしょうか。

ごほうびで勉強のモチベーションをあげる以外に何か対案があるのでしょうか。

子ども自身に火がつくのをただひたすら待つというのも親として素晴らしいサポートだと思いますが、いつになったら火がつくのか冷や冷やしないでしょうか。

 

「ごほうびを目標に勉強に取り組むことは外発的動機づけであり、悪い方向にいくとごほうびがないと頑張れないようになってしまう!」

「いやいや、たとえ外発的動機づけであっても、勉強を開始することで勉強の楽しさがわかることもある。

あの東大卒でQuizKnockのメンバーの伊沢拓司もそうだったらしい!」

「テストのたびに『頑張るからごほうび!』のように言ってきた場合、親の負担が大きくなりすぎる。

してあげたいと思ってもできなくなる!」

「それはごほうびを工夫すればいいのではないか。

子どもが要求してきたものではなくても、もっと違う方法でごほうびは渡せるはず。

物をあげることにこだわる必要はない!」

 

いろいろな意見があり、賛否が真っ二つわかれるテーマですね。

でも、我が子を愛する想いはみんな同じ。

万人に合う勉強方法なんてきっとありません。

頭ごなしに排除せずに、参考にする価値はあるのではないでしょうか。